【‪「最上級の非日常」を「時々の日常」にするには~時分の花を咲かせよう10~】

「非日常」とは、
書いて字のごとく、「日常に非ず」の状況や体験のこと。

大事な人に想いを伝えるアドバイザー
「花満時間」主宰 若野さきです。

ゴールデンウィークが終わって、1週間。
ゴールデンウィークは「非日常」の世界に身を置いた方もいらっしゃると思います。

都会では味わえない大自然に満たされたり、
きらびやかな都会の一面を見に行ったり、
日本を離れて、南の島のビーチリゾートで遊んだりと、
非日常を楽しんだゴールデンウィークが、
1週間程度で、現実とは切り離された、過去の幻のようになっている方も
いらっしゃるかもしれません。

それって勿体ないなと思うのです。

「非日常」の重要性とせっかく体験した「非日常」を
「日常生活」に取り入れるエッセンスをお伝えします。

「非日常」を求めるのは?

奮発していつもは泊まらないような高級ホテルにステイしたり、
極上エステを受けたり、値の張るレストランで食事をしたり、
日常生活とは別次元の世界に足を踏み入れるのはなぜでしょうか?
 

「非日常」を得るために、
人は、多少の差こそあれ、
時間とお金と労力をかけて自分が普段いる場から離れます。

大自然の中でに出かけていき、
敢えて不便なキャンプ生活にいそしんだり
人込みの大都会へ出かけていき、
刺激的な体験を高いお金をかけて楽しんだり、

日本という安全で便利な国を
お金と時間をかけて、わざわざ離れて、
日本より危険で不便な国に出かけて行ったり、
 
エコノミー症候群になるリスクまで背負って(オーバー?)
世界最高峰の芸術を自分の目で見に行ったり。
 
どんな「非日常」にせよ、
多少の差こそあれ、お金と時間と労力がかかることを敢えてして、
日常生活では体験できない、「非日常」を手に入れています。

お金と時間と労力をかけて、
日常と切り離されたところに出かけていくことは、
自分を心地よくさせたり、自分に刺激を与える特効薬でもあります。

日常生活は、
面倒くさい人間関係やら、
ごみごみした環境やら、
何気に負担になっているルーチンワークやら、
大小合わせて、様々な負担を抱えているのが常なのです。

そんな自分をリセットしたい!
凸凹して、ざらざらした自分をいったん更地にもどしたい!
新たな自分に出会いたい!

そう感じるのは人間の常でもあります。
 

そして、一旦リセットすることで、
未来の日常生活への活力になるのを期待して、
「非日常」を求めて、お金と時間を費やすのです。

他者からの「非日常」非難はなぜ起こるのか?

「非日常」を得るのには、
時間とお金と労力が必要になることがほとんどです。

そのため、ある人は「贅沢な!」と非難したり、
ある人は「無意味だ!無駄だ!」と否定したり、

自分が求める「非日常」に対して、
他人から否定的な評価を受けることもあると思います。

自分が有休をとったら、迷惑がかかるな、とか、
自分の「非日常」のためにお金を使うのは、
パートナーに申し訳ないな、とか、
自分が優先すべきは、やっぱり日常だよね、と
自分を納得させる材料をたくさん提供してくれます。
 

しかしながら、おそらく、「非日常」に対して否定的な評価をする人は、
「非日常」の必要性を体験していなかったり、
自分も「非日常」を体験したいのに、
そうする勇気がないことを隠すために、
やっかみ交じりに「周りが迷惑する」などと言っているのです。

 

現実問題はあります。

 

お金の問題、時間の問題、仕事の調整、
パートナーの理解の問題、子どもの世話の問題などなど。
 

  
それをどうクリアするかは、個々それぞれ課題があると思います。
でも、他人からの意見で一度きりの自分の人生を我慢するのって、どうでしょう?
するべきは、どうすれば、自分の望む「非日常」を得ることができるか、
策を練るだけです。 
 

そして、「日常」しか知らない人は
「日常」以上の世界を体感できない。
つまり、ずっとその日常のままを過ごすことになるのです。

 

苦労して得た「非日常」を一過性のものにしないために。

いろんな課題をクリアして手に入れた「非日常」。

そして、その夢のようなひと時が終わりかけるとき、
時間を止めたいとか、
この時間が永遠に続けばとか、
願ったりしちゃいますよね。
  

それは、自分が体験している「非日常」という夢が終わり、
「日常」に引き戻されるのを拒否しているということです。
  
そもそも、「非日常」とは、
「日常」にないエッセンスにあふれた場。
それにわざわざ時間とお金と労力を使うということは、
心の深いところで、それを求めているということです。

せっかく体験した「最上級の非日常」が「時々の日常」になったら素敵ですよね。
現実の日常生活に最上級の非日常を取り入れるために大事なことはただ一つ。

「最上級の非日常の場にいるときはそれを味わい尽くす」こと。

 

仕事のことも、人間関係のことも、お金のことも、
いったん脇に置いておいて、
「非日常」を五感で味わい尽くすこと。
 

自分にはもったいないとか、
贅沢しすぎたとか、
迷惑かけているのに自分だけいいのかなとか、
そんな罪悪感はいったん忘れて、

 
 
眼で見て、
耳で聞いて、
鼻で匂って、
口で味わって、
肌で感じる。
 

 
できるならば、六感も開花させて、
受け取れるものは、全て受け取る。
 
 
身体に「非日常」を浸みこませるのです。

 

「非日常」を知らない人、求めない人が
「日常」の枠を永遠に出れないのなら

「非日常」を知る人は、
「日常」の枠を出る多くのヒント得る機会を得ているのです。

 

「最上級の非日常」を受けとれる自分を知る。
受け取るに足る自分で有ることを事実にする。

まずはこれです。

素晴らしい非日常であればあるほど、むくむく沸き起こる
周囲への罪悪感や、身分不相応ではないかとかいう卑下は

全て「感謝」に変えればいいのです。

    、、、、、、、
そして、自分が求める「最上級の非日常」を体験して、
五感、六感で味わいつくし、身体に覚えさせる。

 

空の青さ。
木の匂い。
ヴィラに吹き入れる風。
心地よい音楽。
大切な人と食べる食事の味。
場に流れる整った空気感。

意識を飛ばせば、身体が思い出すまでに。

 

体感した感覚を日常生活の中に居ながら、
身体で体験済の非日常を思い起こし、そこに意識を繋げることが
「最上級の非日常」と「日常」を繋ぐ一歩なのです。

自転車は一度乗れるようになれば、身体が乗り方を覚えているように、
「最上級の非日常」を一生ものの経験にするには、
自分はその最上級の非日常を乗りこなせ、感じきれる自分で有ると、身体に覚えさせるのです。
それが、「最上級の非日常」を現実に引き寄せる行動です。

こうすることが
「最上級の非日常」を「時々の日常」に変える大きなヒントに繋がります。

最後に

自分が求める「最上級の非日常」が、
現実とかけ離れていればいるほど、
勇気と時間とお金と労力が必要になるかもしれません。

でも、かけた勇気と時間とお金と労力の大きさに比例して、
受け取れるものも大きいのは事実です。

さぁ、思い切って、「最上級の非日常」の世界へ旅に出ましょう。

 

 


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