在宅学習~小1算数の先生をやってみて~

少しずつ、平常時の日常に戻りつつある日本ですが、
東京の休校はまだ続く。。。

私は、毎朝、我が家の小学1年生男子児童1名
(つまり、三郎)のために、
先生になっております。
 
  

それが、結構大変です(汗)

 
 
小学校の中学年くらいにもなれば、
学校からの宿題を一人でこなせるようになりますが、
低学年の自主学習は難しい。
まずは、文字や数字といった記号化された
基礎中の基礎の概念を
インストールするところからだから。
   
 
1年生の保護者には、小学校から
指導要領のプリントが配られ、
保護者は、
それにそって、毎日、自分の子どもに、
国語と算数の学習指導です。
 
 
 
ひらがなの読み書き
数の概念

 

学びの基礎の基礎って、
自分がどうやって習得したのか、
全然覚えておりませぬ。

今日は、「6」について
 
6は1と5に分けられる。
6は2と4に分けられる。
6は3と3に分けられる。
 
「6」の構成を理解させるために、
数字で伝えても、
6歳の子どもは分からないんですね。
(少なくともうちの子は) 
  
 
そこで、「ブロック」登場!
(と、指導要領にかいてある)
   
 
ブロックを6個用意して、
それを手で動かし、数にわけ、
それを目で見て理解する。
それから、記号化された「数字」に置き換える。

そこまでして、ようやく、
「6」ってこんな風に分けられるんだって
うっすら分かる。

 

ここ数日、三郎の算数先生をやっていて、
人間が、どうやって、
抽象的な概念(今回は数字)を
自分に落とし込むのか?
その過程を垣間見ているような気がしています。

 

理解の順序は、
実際に手を動かしてやってみる、
それを目で確認する、
その後で言葉にする。
 

 
大人になると、
抽象的な「言葉」を操れるようになって、
分かったつもりで言葉を使い、
いかに言葉で理解して、
いかに言葉で理解してもらうかって
なりがちだけど、
本当は、いきなり、
「言葉」にはならないんですよね。

 

   
当たり前のように使っている
「家庭」とか、
「仕事」とか、
「幸せ」とか、
 
 
言葉で表された抽象的な概念って、
感じて、手を動かし、目で見て、
って作業が欠落したまま、
 
 
なんとなく、「家庭」
なんとなく、「仕事」
なんとなく、「幸せ」

って使っていることが多くないかな?って思うのです。
 

 
具体的な体感が欠落したままだから、
自分にとっての
家庭とか、仕事とか、幸せじゃなくて、
  

映画やテレビで描かれるような
社会一般的にイメージされ、定義されている
家庭や、仕事や、幸せが、
あるべき姿って思い込んじゃっていないかな?って思うのです。

 

1年生の子どもが数を理解するように、
大人も、抽象的な概念、
家庭とか、仕事とか、幸せとかを、
それに欠かせない要素を抜き出してみたり、
どんな分け方があるだろう?どんな比重だろうと
案配を試してみたり、
一旦ばらして組み立てるってやらないと、
 

本当に自分が望み、納得できるような
家庭、仕事、幸せにはならないんだろうと思います。

 

自分の体感を自分の言葉で定義する、
自分の為の辞書作り。

 

三郎の算数の話から、
今日は、なんだか小難しい話になっちゃいましたが、

 
 
要は、便利な抽象的な言葉には、ご用心ってこと。
ちゃんと心と手を使って感じて、
広辞苑とは相容れないような、
オリジナルで自分の為だけの言葉で、辞書を作っていきましょ♪

 


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