ヒロインの旅

「ヒロイン」

映画の女主人公、
小説の女主人公、
舞台の女主人公、

花があって、超人的で、みんなが憧れる存在。

そう定義している方も多いかもしれませんね。

 

誰かに作られた虚構の世界に現れるヒロイン
社会によって作り上げられたヒロイン
 

どちらにしても、中心的な存在です。

 

あなたはヒロインですか?

 

・いつも私は脇役ばかり。
・できるなら、ヒロインがいい。
・エキストラ(端役)かな。
・どちらかというと縁の下の力持ちがいいな。
・リーダーはイヤ。

 
舞台の中心から
ちょっと離れたところでいることが
心地よいと思われている方も
多いかもしれませんね。
 
 

そして、ヒロインは誰かによって
選ばれる存在だと思っているかもしれません。

 

 

けれど、あなたは間違いなく、
あなたの人生におけるヒロインです。

誰かに選出されるまでもなく、
あなたはヒロインであって、

あなたの人生において、
エキストラでいることはどうしたってできません。

 

「ヒロインの旅」モーリン・マードック著 (フィルムアート社)

これは、神話学者ジョーゼフ・キャンベルの「英雄の旅」を読んで違和感を感じた
女性心理療法家であるモーリン・マドリックが
女性にとっての人生の旅とは?を考察しています。

「英雄の旅」、いわゆるヒーローズ・ジャーニーでは、

日常から非日常へ誘われ、
出会いや導きを得て、
課題に向かって旅立ち、
ピンチを経験するなかで、
仲間と出会い、
協力して問題を解決していくが、
最大のピンチに遭遇し、
挫折を味わう。
真実を知り、
最大の敵を倒して
お宝をゲットして
帰還する。
 
これが、大まかな流れです。
一言で言えば、「冒険物語」。
この型は、たくさんの神話や物語の原型になっています。
スターウォーズもこれが原型になっているのは、有名ですし、
古事記の神話にもこのストーリータイプが残されています。

 
 
 
たいていの場合、
冒険の主人公は「男性」
もしくは「男性的な女性」です。

 
 
「じゃあ、女性は何するの?」という問いに、
ジョーゼフ・キャンベル氏は
「神話の女性はただ『存在』するだけです。女性は人々が目指す行き先、たどり着く場所だ。自分でその価値に気づけば迷わずに済みます。」

と述べています。

 
 
女性は何もするな、と言われているように感じてしまいますね。

 

そもそも、
「女性は存在するだけで価値」

私はその部分には共感します。
 
女性は生み出し育める器を持っているのですから、
存在そのものが人類にとって価値。
豊かさの象徴。
 
(ここでいうのは、生殖可能な子宮があるかどうか、
出産するかどうかといった個別的なことではなくて、
そもそも女性には、人間のみならず、共同体を
生み育む能力があるということです。)

日本においては、
地球上の全ての根源的エネルギー、
太陽は、天照大御神(女神)ですし、
豊穣の神、豊受大御神も、女神です。

これは、日本に限らず、世界各地で
豊かさをもたらす豊穣の神は女神です。
 
 
 
存在するだけで価値、豊かさとイコールだと
自他共に認められた存在
それが、「女神」
 
 
女性にとってのゴールは「女神性」
だと私は考えています。
つまり、女性の人生の旅、ヒロインの旅は、
「女神への旅」だと私個人は考えています。
 
 

私が家庭を持つ女性に向けて、
パートナーや子どもとの関係性において、
「姫性」と「母性」のバランス
の注意喚起をしていますが、
「女神性」とは、それらを超えた先です。

「姫」というのは、「与えられる存在」
「母」というのは、「与える存在」

人生のステージに応じて、
女性は「姫の顔」と「母の顔」を
巧みに使い分けようとするのです。

幼稚園児くらいになれば、
女の子は、クラスメイトの男の子に対して
「姫」と「母」の顔を上手に使い分けています。 

周囲との関係性の中で、
上手に与えられ(姫)
上手に与えよう(母)とします。

けれど、結局、
それだけでは満足できなくなってきます。

「自分の力で手にしたい。」

与えるばっかりもイヤ
与えられるのを待つのもイヤ、
自分で自分の望みを手にするんだ!
そんなヒーロー的な冒険願望が出てくるのです。

「ヒロインの旅」は円環的。
スパイラル状に円を描いて男性性と女性性を行き来しながら
女性の人生は進んでいきます。

女らしさを否定し、母親を断つ。
 ↓
男性的な部分を強化し、男性と同じように振る舞い、
男性と同じように成功を手にしたいと頑張る。
 ↓
けれど、なかなか男性優位の現実世界ではうまくいかない。
 ↓
なんとか成功を手にしはじめると、
もっともっとと足りない物を埋め、完璧を目指していく。
 ↓
疲れ、やっと手にした成功も実は幻想だったと気づく。
 ↓
自分の内面と向き合い、闇や苦しみの中で自分を探す。
 ↓
女性であること、ただ「いる」だけで十分だと気づく。
 ↓
母親(女性性)との断絶を癒やす。
 ↓
男性性と女性性を自分の中で融合していく。
 ↓
はじめへ

 

これを大きく、小さく繰り返していくのです。

2019年の新たな歳のきっかけに、大阪でご一緒しませんか?

私もまさしくヒロインの旅の途中。
 

小さな頃は、お花屋さんのお姫様になりたいと
ドレスを着てお花を持っているプリンセスを
よく描いていたのですが、

小学校にあがると、
男女平等という言葉を知り、
そう教育され、当たり前だと信じ、
男性の社会で価値とされるものを
手にしていくことがいいことだ、
正しい生き方だと思い込みました。
  
 

リーダーシップが必要な
学級委員や、生徒会役員、
陸上部の部長になり、
高校は地域のトップ校へ進学。
その後、国立大学に進学しました。

 

思い返せば、大学に進学した頃から、
母親は
「私には分からない」
といった発言が多くなりました。
  
   
母は学校から、
大学進学を勧められたのに、
就職をしました。
その当時はそれが当たり前だったのですが、
時代が変わり、
母は「私を越えて行け、私の許す範囲で」
というジレンマを抱えていたのかも知れません。

その当時、私は
母がよく分からなくなりました。
主体性がなく、
いつも父の意見に従うけれど、
文句ばかり言っている。
 
 
女性というのは、
なんと、弱くて、依存的で、ずるいのか。
女性には「自立」が必要だ。
精神的自立、経済的自立が不可欠だ!

 
父のいうことの方が
理にかなっていて、正しい。
そう思っていました。

  
私の就職時期は、就職氷河期とよばれました。
このとき、私は、
これまで正しいと思っていたことが、
どうやら絵空事だったと気づきます。
 
 
  
男子学生には企業から資料が届くのに、
女子学生には、資料請求しても回答なし。
多くの企業で、女子の採用は
ゼロもしくは若干名でした。
多くの女子は縁故入社をしていきました。
 
 
 
私はそれを見て、やはり
女は弱くて、依存的で、ずるい、
そう感じました。
心の底では、とても羨ましかったんだと思います。
努力せず、自ら苦しんで切り開かなくても
与えられる女性達が。

 
  
私は縁故なしで
総合商社、都銀から内定を受け取りました。
都銀では、総合職で応募したのにもかかわらず、
「秘書職」を提案されました。
大学の就職セミナーに登壇者として
呼ばれるほど、私が通っていた大学にとっては
私は成功者でした。
  

結局、6/1000という狭き門をくぐって、
私は総合商社に入社しました。
男性優位の社会のようだけれど、
地道に頑張れば評価されるはず、
そう言い聞かせました。
 
 
けれど、やっぱり、どうも、違うのです。

あきらかに女性の方が会社のルールや、
貿易のルールを理解し、
会社に貢献しているように思えるのに、 
貿易の基本的なことですら理解できていない
男性社員の方がお給料がいい。
取引先でコーヒー飲んで、
たばこを吸っている男性社員の方が、
納期を管理し、デリバリーの遅延を防ぐべく
電話やメールで指示を飛ばし、
デスクで働いている女性よりも職位が上。
実際に海外出張しても、
男性社員と同行しているときと
私だけで渡航しているときの待遇が違う。

学歴はほぼ一緒なのに。
仕事だって男性と同じくらい、
もしくはそれ以上に頑張っているのに。

これ、おかしいよね?

それでも、他の女子社員よりは評価を得て、
同期よりも先に出世しましたが、

 
結局、結婚出産を機に、退社しました。

忙しい仕事と家庭の両立は絶対に無理。
負担だけが増えるような働き方はしたくない。
エネルギーが枯渇する男性社会はイヤ。
早く、ここから立ち去りたい。

そう思いました。

 

退職後、待っていたのは、
これまで生きてきた男性性社会から切り離された
静かで孤独な部屋。
 

  
子を産み、育む。
家庭をととのえる。

  
 
もちろん、
大事な夫、可愛い息子なんですけれど、
あまりにも男性性優位の世界が全てだった為に、
働かず、お金を稼いでいない自分は無価値、
社会的な地位を得られるような成長をやめ、後退している
「ダメな人間」のレッテルを自分で貼っていたのです。
  

 
そして、保育園に子どもを預けて働き続ける妹たちや、
産休明けて職場へとそそくさと戻るママ友達と
専業主婦の私を比べて、
なんて、私は無能なんだろうか、
なんて、私はキャパシティが小さいんだろうか、
と、卑下しました。

 
母のような生き方をしたくないと思っていたのに、
同じようになってしまっているじゃないかと。

何か学ばなければ。
できるなら、家庭の向上に繋がるものを。
そして、お金になる資格を。
 

太郎を出産し、次郎を出産し、
その合間で、
ファイナンシャルプランナーの資格、
幼児教室の先生の資格、
プリザーブドフラワーの講師資格を取ったのも、
その頃でした。
 

また、女性向けのセミナーに参加したのをきっかけに、
市の男女共生センターで、
セミナーの段取りや施設の受付などの仕事をしたりしたのは、
何かのご縁を感じます。
 

ほんとに、もがいていました。
動いていれば、無価値感から逃げられました。
おかげで、やれることや資格は増えましたが、
学歴、キャリア、収入と言った
分かりやすい宝物を手にした感覚はありませんでした。
 

その後、夫の転勤で、
私は日本を離れました。
日本での活動をほぼ全て強制終了。
 
海外で、子育てと三郎の出産を経験し、
自分が正しいと思っていた世界は
どうやらそうとは限らないらしいと知りました。
 
    
 
海外の幸せそうな女性が何をしているかといえば、
あくせく働くことではなく、
子どもと遊び、
友人と出かけ、
余暇を夫婦で楽しみ、
家に花を飾ったり、
おいしい手料理をふるまったり、
趣味を楽しんだり、
ボランティア活動をしたり。
 
 
豊かさは、
努力の結果だと思っていたけれど、
実際は違うのです。

ただ楽しんでいるだけで
豊かさを享受しているのが彼女たちでした。
そしてその豊かさを与えているのも彼女たちでした。 
 
 

私も海外で過ごした6年間は
子育てを楽しみ、
友人と出かけ、
英会話やマレー語を学んだり、
子ども向けのイベントを企画したり、
ホームパーティをしたり、
学校のボランティア活動に参加したりして、
女性性の世界にどっぷりと浸りました。
 
 
男性性と切り離された世界、
ビザの関係上、
働けない、働いてはいけない世界にいることで、
女性性の世界を心から素直に
受け入れることが出来たのです。

  
帰国後、男性性優位の社会に組み込まれ、
このままでいいんだろうか?
幸せのはずだよね?
と物足りなさや、不安、焦りが生まれ、
また私は冒険しようとしました。
 
   
冒険に失敗したり、
時には小さな宝物を手にしながら、
  
 
今は、今まで経験した行き過ぎた男性性を見直して、
女性性と男性性を融合させる過程にいます。
 
 
昨年、実の母に、
母になった私として、
メッセージを送ることが出来ました。

母を以前のようには、
弱くて、ずるいとは思わなくなりました。
今でも、依存的だとは思うけれど、
それは母にとって、時代にとって
自然だったんだと思います。
私が母親をジャッジすることではないんだと。
私がこれまで母の存在をどう取り入れてきたか、だけ。

 
私は今、
女性性としての「姫」も「母」も、
男性性としての私自身の「ヒーロー的自己実現」も
ちょうどよいバランスを探している最中です。

もしかしたら、
また女性性に飽き飽きするかもしれないし、
男性性に絶望するかもしれないけれど、
同じようなところに居るように見えて、
確実にヒロインの旅は幸せな未来に向かって
らせん階段をのぼっていく。
 
 
女性性の生み育む豊かさと
男性性の切り開く力強さを
共に兼ね備えた「女神」の未来へと。

あなたのヒロインの旅は
今どのあたりでしょうか?

 
あなたの「女神性」
美しく、力強く花開いていきますように。
 

 

 

 

 


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