激変の2016年

2016年を振り返ると、
今年は物理的にも、精神的にも激変の一年でした。

2016年前半はマレーシアでの生活。

社内の駐在員妻の中では一番の古株になり、
社長マダムや駐在員妻の方々との距離感を図りながら、
定期的にランチ会やドリアンツアーを企画し、
古株駐妻として行動する日々。
一方、スポーツ男子を持つママの半年でもありました。
FOBISIA(The Federation of British International Schools in Asia
アジア圏のイギリス系インターナショナルスクール)の
スポーツ大会へ学校代表として、太郎が選抜され、
タイ遠征やら、週6日のトレーニングの送迎、
お菓子やお寿司を作って、ファンドレイジングなどに協力。
また、太郎と次郎の所属する日本人サッカーチームの
お世話係を仰せつかり、練習や試合のサポート係として、
毎週土日はグラウンドへ。

また毎週土曜日の午前中
太郎&次郎は日本語補習校に通っていたので、
そこで、毎年恒例の書初め指導のボランティアをしたり、
補習校のファンドレイジングのプリザーブドフラワーレッスンをしたり、
卒業式のコサージュをつくったりして、
ボランティアする母でもありました。
夫が本帰国の内示を受け、そこから本帰国準備。
私一人、名古屋での住まいを探しに賃貸マンション下見で弾丸帰国。
夫は後任の方と引継ぎ国外出張の為、ほぼ不在。
名古屋の部屋決め、引っ越し手続き、
ビザの打ち切り、不用品売却&寄付、
学校挨拶、日本で通う学校の手続きなど、
帰国準備をほぼ私一人で行い、
6月に名古屋に本帰国しました。
2016年後半は名古屋で生活をスタート。

帰国後すぐに三郎がマレーシア土産の手足口病を発症。
私から1mmも離れず、口内炎の痛さにぐずぐず、
手足口病が終わったら、ヘルパンギーナ。OMG!

長男、次男は初めて日本の学校へ通い、
学校のルールを覚えるのに、子供も私もいっぱいいっぱい。
(お知らせをバラバラとプリントと連絡帳で行うのは勘弁してほしい。
(マレーシアではtwitterかe-mail))

未知の土地、名古屋で
車もインターネットもない状況でスタートした6年ぶりの日本での生活。
日本語が通じるありがたさを実感しつつも、
買い物も情報収集もままならない中、
体調を崩す三郎連れての
区役所、学校、警察など転入手続きしたり
部屋の中を生活できる状態に整えたりの
生活の立ち上げは、想像以上に大変でした。
三郎はそれはそれは機嫌が悪くて泣き叫んでばかり。
夫も着任したてで、仕事や歓迎会で、毎晩帰りが遅かった。

初めて夫の前で、「もう私無理!限界!」と泣きました。

海外赴任中の様々な苦労も、寂しさも
泣いても怒っても、何も変わらない、
自分が何とかしなきゃいけないって思ってたから、
結婚してからほとんど泣いたことなかったけれど、
あの時は家族それぞれ皆が新しい環境と格闘していて、
妻であり母である私が何とか早く生活を落ち着けなきゃいけないと
焦って、でもうまく回らなくて、
心のゆとりがなくなってしまっていました。
自分の感情が抑えられなかった。
今から思うと、オーバーヒート。

でもね、夫も私の涙が堪えたようで、
今まで以上に私のケアをしてくれるようになりました。
泣いてみるもんだ!?
家のインフラが整い、子供も夏休みに入る頃になると、
ずいぶん生活も気持ちも落ち着いてきました。

8月には毎年恒例のプリザーブドフラワーレッスンで、
今年も65名近い方と講習会でお会いしました。

やっぱり、私にはこの講習会の存在が大きい。
妻でもなくて、母でもない、若野さきという一人の人間になれる。
私が好きなことを たくさんの方と共有できる。
私のデザインを好きだと言ってくださる方がいて、
それを毎年楽しみにしてくださっている方がいる。
その時は〇〇さんの奥さんでもないし、
〇〇くんのママでもない。

生活を軌道に乗せるまで、全く心に余裕がなかった。
自分を満たそうという発想がなかった。
ゆっくりお茶を飲むことも、花を飾ることも、
プリザーブドフラワーをアレンジすることも
全く頭の中になかった。
手元には魔の2歳児の三郎が常にいて、
日本の学校に不慣れな太郎と次郎がいるママの私。
住みやすい家にするために、なんとかしなきゃと焦る妻の私もいる。
常に息が浅い感じ。

でも8月のレッスンを機に、自分を思い出しました。
私、プリザーブドフラワー講師だわ!って。
これから先も妻であり、母でもあるけれど、
自分であり続けるためには、そこを忘れちゃいけないって。

本帰国した今、
やっと海外でのお勤めが終わり、
自分のフィールドに帰ってきた。

どうなるか分からないけれど、
やってみなければ後悔するだろうという確信に近い予感を持って、
プリザーブドフラワー講師 若野さきとして、
本腰を入れて活動していこう、
会ったことのないお花を必要としている誰かに
私を発信してみようと決心しました。
スタートするときは、熱田神宮を祭った自宅の神棚に手を合わせましたよ。

9月からFB投稿を始め、
住む場所、性別、年齢、職業に関係なく
お互いの成幸の実現を考え合う仲間に出会い、
そこから私の意識がずいぶん変わりました。

3人息子の母として、
海外赴任に付き添う妻として、
忙しかったのは身体。
頭は案外休んでいたことに気づきました。

これを機に自分自身の過去を子供時代から振り返り、
人生の棚卸をしてみました。
分かったことは、
良かったことも悪かったことも、
楽しかったことも辛かったことも
全部あっての結果が今の自分。

妻として、母として、もちろんこれからも生きていくけれど、
若野さきの人生を決めるのは私。

9月からのFB発信を通じて
若野さきという一人の人間のを見てくださる方と
たくさん出会うことができました。
日々の投稿でみなさんから頂く
いいねやコメントが
私の思いを共有できた証と感じ、
とても嬉しく、励みになっています。

2016年に頂いたいいね、コメント、
本当にありがとうございました😊

ありがとうの気持ちを込めて、
ダブルレインボーをシェアします。
福井に向かう道中で出会った二重虹、
幸運の前兆なんですって。
二重虹になっているの分かりますか?!
みなさんに幸運が訪れますように。

来年も引き続きよろしくお願いします。

長文お付き合い頂きありがとうございます。


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